1、日本伝統鍼灸とは

 学術委員会内部の討論で、先ず出てきたのが「日本伝統鍼灸とは何か?」であった。

 すなわち、日本伝統鍼灸を明らかにすることは、

1、日本伝統鍼灸学会に参加しているメンバーの共通基盤はなにか?
2、日本経絡学会から日本伝統鍼灸学会に改名したのは何故か?

--------について回答せねばならない。

 そして、『病証学の確立』のためには、この問題の解決がなされなければならないのである。

 したがって、この問題の議論を行い以下のようにまとめた。

【日本伝統鍼灸とは、以下の概念を含むものである】

中国医学思想
中国に発祥した医学思想を基礎とする
日本の風土
日本の風土に培われてきた鍼灸医学
全身調整
全人的調整を治療目的とする
手指の感覚
触覚を中心とした診断治療技術を重視する

 ※なお、学術委員会のメンバーは、小川卓良委員長代行、加賀谷雅彦、小林詔司、島田隆司、福島賢治、村田渓子、松田博公、宮川浩也の8人と井上雅文委員長(電話とファックスで参加)である。

 

2、『鍼灸における証について』の総括

 日本伝統鍼灸学会(日本経絡学会)は、1993年の第21回大会より『病証学の確立に向けて』を5年間の共通のテーマとして掲げて研究してきた。

 本年(1998年)で5年目に至った。 しかし、未だ解決されていない部分が多い。したがって、引き続き共通テーマは継続である。

 

 現段階で、結論にまでは至らないものの、中間的なまとめを内外に報告する必要がある。 そこで、委員会を設けて中間報告を作成し、ここに報告する。

 

  本学会では、第16回大会(1987年)より5年間、「鍼灸における証について」を共通テーマとして研究してきた。この『証』問題の研究は、『病証学の確立』の研究には欠かせない重大な要件であるので簡単にまとめてみる。

1.『鍼灸における証について』中間総括
1990年にはその中間総括を八木素萌氏を中心に金古英毅氏らが行った。以下にその要点をまとめてみる。

1)標準的な経絡治療の確認がされた

 六部定位比較脉診(六部定位脉診)で得られた「経脈の虚実」に対し、難経69難の子母の補潟原則に従って選穴し治療することが、標準的な経絡治療であるとの確認がされた。

2)経絡治療システムは、もともと未完成(江戸時代の学問レベルから見れば低レベル)のままスタートしてしまった(見切り発車)ことが確認された。

3)六部定位脉診に脈状診を加味しなければ病因との関連や陰陽臓腑の区分が出来ないことが共通認識とされた。
4)証は治法と術を視野に入れ、治療を規定するものでなければならないことが了解された。
5)複数経にわたる反応に対する診断は脉診で可能かどうか。その診断法はどうすべきかということについては未だ未解決である。
6)病症、脈症、腹症との関連の問題についても未解決で、今後検討されなければならない課題である。

-------------等、様々な問題点の指摘と共通認識の確認がされ

1)用語概念の統一を行う
2)証の種類、証決定方法、証と治則・治則と選穴、これに応じる手技の体系化等の課題を追求する計画と実行がなされなければならない

-------------等の提言がなされた。

 


2、『鍼灸における証について』の総括(治療編)

 中間総括が出された2年後に、5年間の締めくくりとして第20回大会で診断編と治療編の2つのシンポジウムが挙行されるとともに、島田隆司学術部長(現会長)による学術部長総括も報告された。
 治療編では、岡田明三氏が司会をして以下のようにまとめた(一部省略)、

1)診断治療に当たって、用語の整理が必要
2)従来の経絡治療には、病因病証の分類が不透明であり、陰陽虚実による病因病証を分類し治療に応用する
3)治療に際しては、証にとらわれすぎて、生きた病態を見過ごすことがあり、生きた経絡経穴を大事にする
4)治療術の差により証の考え方が違う

 

3、『鍼灸における証について』の総括(診断編)  

 診断編では、小川卓良氏が司会をし以下のようにまとめた(一部省略)

1)現在の経絡治療の「症」は手足の五行要穴のみを視野に入れたものであり、限界がある。
2)この限界を補うために、証概念の中に、五行要穴の補瀉以外の要素を盛り込む必要がある。
3)背部兪穴や募穴、またゲキ穴・絡穴等の選穴については六部定位脉診ではできない。
4)六部定位脉診は単に一番弱いところを虚とし、一番強いところを実とするという方法では駄目である。
5)標治・本治を明確にする。→ 本治の範囲の問題を含む。
6)経筋病の概念をはっきりさせる必要がある。
7)血・水に対して鍼灸では良い治療法が無いのでこの点の検討が必要。

 

4、『鍼灸における証について』の学術部長の総括 

『病証学の確立に向けて』を企画した島田学術部長が5年間の総括を行い、以下のようにまとめた(一部省略)

1)『経絡治療』をクローズからオ−プンヘ
2)「お祭り行事学会』から「研究を集積し、将来に役立てる場」へ
3)継続的研究を組織化するためのセンターヘ
4)脈診、舌診、腹診、問診などについての検討
5)経穴についての諸情報の整理と選穴・配穴原理についての整理と検討
6)システム化のために、各治療家の持つ治療パターンの公開と検討

7)「証」に含められる内容の検討と提案、及びそれにふさわしい「証」名の提案、検討。そして、この中で「診断は、治療家が把握する治療方法と治療技術によって基本的に制約されている。」ことの共通理解が今後の議論の立脚点にになるべきであると総括している。

これらの全てに共通していることは、

a、従来の経絡治療の枠組みを超えなければならない

b、これからの診断―治療システムは治療法を踏まえたものでなければならない

c、用語概念の統一

 につきるといっても過言ではない。

 この点は『病証学の確立に向けて』|の必要条件でもある。

 5年を経過した現在(1993年)では、AとBについては少しづつであるが具体的な検討がなされ、幾つかの成果があがりつつある。

 しかし、Cについては『病証学』についての用語の統一は行われたが、他はほとんど手つかずである。

 この問題について本年度の総会時に行われる研究集会(本報告も行われる)で、八木素萌氏から提言がある予定である。

 



3、病証学の確立のために

1、六部定位脈診主体の経絡治療からの脱皮

 経絡治療は、診断では脈診を主体とした触診に重点を置いて、対象は経脈や臓腑の虚実であり、他の対象を診断する方法に定説がない。

 また、治療では手足の五行要穴を主体としていて、五行要穴以外の経穴の選穴法には定説がない。

 これらのことを解決するために、次の目標は診断では問診の整理と脈診との整合性を図ることであり、治療法では各治療家の持つ治療パタ―ンの公開と検討であった。

 問診の整理のためにはまず病症の整理が必要であることから「病症学」が考えられたが、学問としては治療法を含めて「病証学」を考えるべきであるということで、病証学という概念が生まれ、『病証学の確立を目指して』が次の共通テーマとなった。

 

 

  

2、病証学とは

 第21回大会は本テーマの初年度として、「病証学とは何か」、「今後はどんな研究方向に向かうべきか」などの基本的な問題点を考え、第22回大会では「病症から病証へ」ということで主に診断面を考えてきた。この2回のシンポジウムをまとめてみる。

■21回大会では、シンポジストの小川卓良氏は診断の意義とモデル症例に対して、西洋医学、経絡治療、中医学等の様々な角度から診断し治療法を提示して、四診で得た病症から「証」または選穴・配穴に至る構造の違いと共通点に言及し、そもそもの病証学の在り方について問題提起した。

 特に強調されたのは、治療法が用意されてない診断は無意味であるということであった。

■シンポジストの島田隆司氏は、『病証』及び『病証学』を以下のように定義した。(現在では後出のように定義されたが、内容的にはほとんど変わらない)

  『病証』 :
「多種の診断を総合」し、「病因」、「病状」、「病位」、「病勢」、「予後判定」等を決定するために「多種の診断』を整理して、体系化すること。

  『病証学』 :
「病証」や「多種の診断」を整理して体系化するための方法を組み立てる学問。

 その上で島田氏は古典に書かれている病症の整理が重要と述べられ、過去の業績として故本間祥白氏の『鍼灸病証字』を挙げられ、未だに本間氏の業績を超えていないことが問題であると述べられた。ただ、本間氏の『鍼灸病証学』は臓腑経絡病証と五行説をまとめたに過ぎず、司会の池田政一氏も述へられているように、臨床に応用するとなると実際の証との結びつきがわかりにくいと指摘された。

■今一人のシンポジストの小川新氏は、症例を通して診断から治療にいたるまでの過程を述ベ、六部定位脈診だけでは不十分で腹診や足の脈状診を付加して診断すべきであると述べられた。

■このシンポジウムを司会した池田政一氏は、実際の患者の病症を整理していき、これこれの症状があるときはこういう病理状態だから、この様な経絡・経穴を用いればよいのだというようにまとめる研究方向が一つ示されたと述べられた。

▼もう一つの研究方法として、島田氏が指摘するような古典に書かれている病症の整理が重要であると述べ、実際の患者からのアプローチと古典からのアプローチの両方が重要であると総括されたが、池田氏も用語の統一が重要であると強調されている。

 


3、「病証」に関する用語の統一

 第22回では、シンポジウムを行う前に用語の整理を行う必要があった。

 そこで、東京在住のシンポジストと司会者の浅川要氏、井上雅文氏、岡田明三氏、形井秀一氏、小川卓良氏と島田会長で討議して以下のように設定した。

 大会会場にてシンポジウムが始まる前に参加者全員に配布した。

病名
西洋医学の診断名
東洋医学的病名
東洋医学でもある種の症と病症が特徴的に現れている場合に名前を付けている。それを東洋医学的病名という。例えば厥、風等

(または症候)
頭痛・掻痒感・温感冷感・不快感など、患者の訴える病的状態。個々の愁訴。自覚症状をいう
所見
治療者が捉える病的変化。他覚所見
病症
症に他覚所見を加えたもの。四診で得られる個々の情報。
病証
病証を整理し、総合的に把握された病態名。治療法は示されない
治療法を指示できる病態名


4、「病証」と「証」

 この定義づけを見て「何故、病証に治療法が含まれないのか」、「何故病証と証を分けるのか」・・・などの疑問が湧く方も少なくないだろう。

 古典が書かれた時代は、治療法に制限などはない。したがって病証と証を分ける意義は存在しなかった。

  また、現代の中国や日本の医師も診断や治療に(日本のはりきゅう師のような)制限がない。

 しかし、日本の鍼灸師は違う。

 「東洋医学」全体をみれば「湯液が扱えない」という大きな制限がある。また、鍼灸治療に限っても古典に記載されているような−−−例えば鍼を使った「切開」とか「燔鍼療法」等は、医師法による制約がある。

 東洋医学をベースに診断していく過程で、同じ東洋医学を基盤とする湯液家と鍼灸師で全く手順も証も違うと言うのは問題である。

−−−−やはり病態把握は同じである必要がある。

 以上のことから今回新しく作られた概念なのである。

 

 「鍼灸における証について」の学部長総括で、島田隆司氏が次のように指摘している。

 つまり「結局、“診断”とは治療家個々の治療方法に制約されている」と言う問題が、学問を構築していく場ではまとまらない理由なのである、と。

 全ての東洋医学実践者が、共通の病態として把握できる証を「病証」と定義し、その病証に合わせて、各自の治療家が持っている治療法の中で「証」を定めていくということである。

 例えば「太陽病」という病証が得られた場合、湯液の立場では例えば「葛根湯の証」になり、経絡治療では例えば「肺虚大腸実」となるという意味合いである。

 


5、病証から証立てへ

 

 第22回大会のシンポジウム司会の形井秀一氏によれば、「東洋医学は定められた枠組みを不変のものと考え、それに病証を当てはめて分類するのであり、西洋医学は枠の固定を否定し、枠を常に新たに作りなおそうとするものであるし、「病証学の確立のために」という今回の試みは、東洋医学(ここでは経絡治療)の枠を一端はずして、もう一度立て直そうという試みである。」と述べている。更に、「病証」は西洋医学と同様、治療法を含まずに、東洋医学の手法で分類を行うとするものであると総括した。

  すなわち、東洋医学的治療は元々、鍼灸でも湯液でも治療法が限定されており、限定された治療法の枠組みに診断を合わせていくものであるし、西洋医学における診断は、元々治療法の制約が無いので治療法に規定されずに本質を追求できるという側面を持っているが、「証」ではなく「病証」という概念を導入することにより、西洋医学と同様に本質を追求できる土台が出来たということである。

  確かに西洋医学は診断と治療は独立している。それに対して東洋医学は「診断即治療」である。元々治療法に一定の枠があって、その枠の中で分類された治療法を如何に選択していくかが東洋医学の診断であって。西洋医学の治療法無視の本質研究とは根本的に診断の考え方が違う。

 そして、形井氏のいうように、22回大会で考えていた病証学は、治療法を考えずに東洋医学的病態把握を整理しようということであった。そこで、第22回大会では、「病証から証立てへ」という同じテーマで、治療法の方から考えてみるべきということになった。やはり、治療法が用意されてない診断や病証は、価値がほとんど無く、実際にどれだけ具体的な治療法が用意されているかをまず検証すべきということになった。

 

 

6、気・血・水の診断と治療について

 第22回大会での争点の一つに、気・血・水がある。

 臓腑・経絡の診断・治療法に対しては、まだまだ議論の余地は沢山残っている。

 5年間の証問題の討論を通じて研究の方向は示されてたし、ある一定の結論は出ている。

 しかし、気・血・水の問題は全く手つかずといっても良い。

 気・血・水の診断法について幾ら議論しても、気・血・水のそれぞれの病的な状態に対して、鍼灸で有効な治療法がなければ、やはり絵に描いた餅にしか過ぎない。

  20回大会の診断編のシンポジウムでは気・血・水に対し、池田政一氏は血の異常に対しては土穴を選穴すると答え、首藤傳明氏は血・水の元は気であるから、気を補うことが基本であると答え、島田隆司氏は気の治療が中心ではあるが、血を意識することもあると答えている。

 そして、鍼灸には血や水に対する有効な治療法があまり無いので、気の治療を中心にせざるを得ないが、病理として血や水の異状がある以上、より有効な治療法の開発は重要な課題であるとの共通認識が得られた。

 

■以上を踏まえて、23回大会(1995年)ではこの気・血・水の治療法の問題を全面的に押し出してシンポジウムが企画された。

 23回大会のシンポジストは池田政一氏、井上雅文氏、藤本蓮風氏の三氏。

 各々は気・血・水について病理観への造詣も深く、臨床においても気・血・水の概念を応用し、具体的な診断ー治療システムを構築されている方々である。

 この3氏の病理観には大差はない。しかし、気・血・水の概念や、そこから派生する気虚・血虚・痰飲等の病態の概念は若干違っている。更に、そのためなのか、選穴は極端に違った。

▼まず第一に、気・血・水の病理と経脈の虚実の概念はそれぞれ独立しているのか、相互に関連しているのかという問題がある。

 井上氏と池田氏は「相互に関連している」とはっきり述べている。

 井上氏は経脈の虚実が先ずあり、それに気・血・水の病態が加われば、選経ではなくその経脈での選穴が変わるという立場である。池田氏もほぼ同じであるが、例えば血の異常は肝、気の異常は肺というように経脈の異常と気・血・水の異常はかなり一致するという立場も取っている。

  それに対して、藤本氏は、はっきりとは述べてないが、臓腑・経絡・気血水等に対してはそれぞれ独立している病理観を持っているようだ。

 何故ならば、井上氏も池田氏も気・血・水の異常があるからといって、その選穴が五行要穴(経絡の虚実を調整する経穴)から大きく逸脱することはほとんどない。しかし、藤本氏は五行要穴にこだわっていない。

 

 さて、この三氏は現代日本を代表する鍼灸の古典研究家である。臨床家であり、それぞれの研究会を主催して古典の研究を深め、後進の指導を行っている方々である。そして細部はともかく、同じ古典を読み、語源学としての辞書もかわりがないであろうに、どうしてこの様な差違が出るのであろうか。

 

▼以下の3つが考えられないだろうか。

 一、臨床と言う経験的事実を「文章」に翻訳して集積した『古典』を、再び臨床の現場に逆翻訳(応用)することの難しさがあるのではないか。(古典の現代臨床への応用)

 二、やはり気・血・水の病変に対しては、鍼灸は不得意な分野と言える。
 
もし、鍼灸治療によって気・血・水の病変が(脈だけではなく)目に見えて良くなるのであるならば、経脈の虚実に対する治療のように、今までの経験の蓄積によって、治療と診断の方法論が、ある程度収束してくるはずだと考えられるからである。(未だ収束していない)

 三、鍼灸に気・血・水の病理観を導入する必要性が、最近にわかに日本の鍼灸師界に出てきたということではないだろうか。
  今までその重要性は唱えられて来たが、日本の鍼灸はその必要性をあまり感じて無いのではないか。

 

■最近になって突然【気血水の必要性】が噴出した理由として、以下の原因が考察される。

1、鍼麻酔以前の鍼灸院来院患者のほとんどは、医師の診察を受けていた。

 つまり、医師の治療で治らなかった患者ばかりであった。

 したがって、正直に言えば鍼灸治療で治らなくても問題にはならなかったのだ。

 しかし、鍼麻酔以後は必ずしも医師の治療を受けた人が来るとは限らず、鍼灸に疾病の全てを希望するケースが激増した。

 現在では多くの鍼師は病と正面対決しなければならなくなり、「一生懸命治療を行ったが、残念ながら治りませんでした。」と言い訳をするようでは、医療と呼ばれるに値しない行為であると認識されつつある。

 

2、環境の複雑化

 大気汚染・農薬・薬害などの公害。社会が複雑になることによる精神的ストレス等によって、病態が単純でなくなった。(経脈の虚実だけでは病態を全て表現出来なくなった)

 

3、中医学の普及

 近代中国で医学大学教育として取り入れられた「東洋医学」が中医学である。中医学の日本における鍼灸師・漢方家への普及が著しい。

 今までは経絡治療(※日本伝統鍼灸の治療法)において、学問的に説明できない部分を技術的問題(テクニック)に転化してきた傾向が強かった。

 その点を改めること−−−つまり論理(ロジック)を用いて、より学術的に我々の「はりきゅう」が学問的に説明できるように進化する事が求められている。

※特に従来の経絡治療は理論的には単純で、極論すれば六部定位脉診と難経69難だけである。

 

−−−以上の3つが考えられる。

 以前は鍼灸は制限のない医療であった。しかし明治以降、「痛いところ」と「凝ったところ」だけを対象とする鍼灸となってしまった。

 そこで【経絡治療】と言うシステムの導入により、教育を受けた鍼灸師が幅広い病態に対応できるようになったことは衆目に一致するところであろう。

 しかし今、経絡治療だけでは対応できない状況になりつつあるのではないだろうか。諸先生方は経絡治療+αをすることで、対応しているのではないだろうか。

 鍼灸には「鍼と艾」という極めて限定的な道具を用いることから、必然的に限界があると言われてもおかしくはない。

 今後、理論の面で「気・血・水」の病態観を導入することで、従来の脉診から更に踏み込んだ診断法が確立されれば、臨床家や学術的に大きな価値がある進歩と言える。

 我々は鍼灸の深さを知る必要があり、学会は進んで分け入らなければならない。

 

 

7、病態把握の実態と臨床家による具体的な差異の分析

 「臨床の現場で病態をどう捉えるか」というテーマで第24回大会シンポジウムが企画された。本シンポジウムは、具体的な症例を提示して、「経絡治療」、「中医学」、「現代医学」の立場からシンポジストに実際の臨床を行ったかのようにシミュレーションを行ってもらうという方法を採った。そして、それぞれの病態把握の実態(差違)を考察することによって「病証学の確立」のための課題作りを目的としていたようである。
本シンポジウムを司会した篠原昭二氏は、第44回全日本鍼灸学会学術大会診断班・治療班合同ワークショップでも同様の企画を行い、その結果などをまとめて第23回日本経絡学会学術大会の特別研究発表「鍼灸医学における診断・治療システムの特徴と問題点」で発表した。その時に指摘された内容をシンポジウムを通じてより意を強くしたというようにまとめられている。その要点としては以下のようで、それぞれのアプローチの何れも長所と短所があると指摘し、今後の日本鍼灸の進むべき方向として4)にあるような提言を行った。(以後の文は小川が加筆)

1)現代医学的アプローチ
A、局所の病態把握及び局所治療に有用→ より有効な標治の開発
B、直後効果が得易い→ 効果に持続性に若干の疑問
C、治療理論に関する説明がしやすい→ 患者が納得しやすいが、実際には治療理論はあまりない
D、過剰刺激になると悪化することがある→ 長い(深い)鍼の使用
E、内科系疾患、不定愁訴、心身症に対する応用に問題がある→ 選穴は?

2)経絡治療
A、自己完結型で治療者が納得の行く治療が出来る→ 治療後の検脈により、効果を治療直後に術者が判定し得る
B、一定のパターンを有するため、ほとんどの疾患に対応可能→ 非病名治療
C、技術的要素が直接治療効果に反映される→ 理論より技術面の深みがある
D、直後効果が顕著でない→ 病態によって直後効果が著明なことも多い
E、局所の打撲:捻挫ではどうか?→ 経絡治療の必然性は?
F、理論性および理論面での充実の必要性がある→ 気血水・奇経・経筋など

3)中医鍼灸
A、優れた論理性を持つ→ 理論に偏り過ぎるか?
B、鍼灸・中薬一体型の理論構成→ 中薬主体のきらいがある
C、鍼灸単独では実施し難い?→ 鍼灸単独の論理構築に急ぎ過ぎ
D、理論は正しいものとの認識に立つが、科学的検証が未解決
E、手技・ド−ゼが中国と同じように適用できない
F、体表所見が欠落している→ 触診もほとんどなく、取穴の際も触らない

4)今後の鍼灸臨床の方法論(篠原昭二)
局所的病態は現代医学的に、論理性は中医学的な理論を借りて、診断および治療においては、最大限に体表所見および切診情報を参考にした内容が本来の鍼灸医学ではないか?
そして、本シンポジウムではその他に特に、診断情報の共通化の問題と用語の概念の整理が切望されるとの指摘がやはりあった。

8、技術的側面からのアプローチー1(腹診)

 

 第22回学術大会(1992年)では、臨床の場における鍼灸学術の整理と発展のために実技シンポジウムが取り入れられるようになり、その第1回目として「腹診」が取り上げられた。

 このシンポジウムの司会をした福島賢治氏が「鍼灸臨床の現場では腹診の重要性は大きい。現実的には一部の研究者を除き活用の頻度は低く、その内容も一般性がなく個人名人芸的なものが多い」と指摘したように、各シンポジストの「腹診」の認識や診断での位置づけも実際の技術も大きな差があった。

 とりわけ、シンポジウムの一人の池田政一氏のように腹診はあくまでも病態把握の1手段であり病因・病理を追求する1ステップと考える立場と、他のシンポジストの方々のように腹診によりそのまま病経・治療穴に結びつける立場があり、この点は大きな違いがあった。

 何れにせよ、現時点では「腹診」の診断での共通の位置づけや統一的な診断方法を確立するというレベルではなく、診断技術の違いがはっきり分かり今後為すべき研究方向が少し明確になってきたことが大きな収穫であったといえよう。   

 

  

9、技術的側面からのアプローチー2(補瀉)

 

 第23回大会(1993年)では実技シンポジウム「補瀉」が行われた。このシンポジウムも治療を意識したものであるが、「補瀉は経脈の虚実に対してのみのものではない」、ということが「証」問題の討論の中で出てきた。

  このシンポジウムを司会した福島賢治氏はこの点に関して、「今までは経脈の強弱を主として捉えられていた虚実に対して行われていた補瀉手法から、虚実の中味を漢方的病理である<気・血・水>や<寒熱>等を視野に入れて病証を診察し、治療手段としての<補瀉>を行うことになった。」と述べ補瀉の対象となる「虚実」についての考え方や捉え方が大きく進歩したと総括した。

 

 

10、病証学の確立のために

 

 「病証学の確立」というからには、「病証学」は「四診情報を総合し、治療方法(選経・選穴・技法などを含む)を選択するまで体系化する学問である。


A、どのような四診情報が病証診断(そして治療法の選択)のために必要か(情報の整理選択)

B、どのような病証があるのかー病証の整理(ゴールの設定)

C、鍼灸師としてBの病証に対してどのような有効な治療法があるのか(治療法の整理と有効性の確認)

D、用語概念の統一がある。

   以上を満たす必要がある。

 

 これからを確立していくためには、以下のことが行われなければならない
1)情報の整理選択−A
<1>個々の診断法の位置づけ
 四診の個々の診断法の位置づけが重要で、例えば腹診のシンポジウムで討論されたように、腹診はあくまでも病証診断の一手段なのか、それとも腹診だけで選経・選穴が可能なのかということをまずはっきりしなけばならない(もちろん脉診も同様である)。

<2>四診総合の方法論の確立
 診断は、西洋医学や中医学のように階層構造(TREE構造)を持ったニ者択一方式の体系的構造なのか、判別分析のように個々の診断に重みを付けて判断していく方法を採るのかを決定する必要がある。
 前者は初心者にも分かりやすく、教育にもなじむ。後者は結局総合判断で経験と直感が重要となり客観的ではない。

 しかし、後者の方が臨床的に有効で人間的である。対して、前者の方は理論に偏り過ぎて実際の臨床と遊離してしまう可能性は高い。

 その他、前者と後者の欠点を極力廃して混合させたような方法も考えられ無くはないが、新しい試みなので簡単ではない。

<3>切診情報の整理
 切診情報の整理は「証」問題から継続しているテーマであり、今回の「病証」問題の討論の中でその方法の統一はともかく、方向付けだけははっきりしてきた。

a、六部定位脉診も位置づけ 
       *選経のために診断法であり、その選穴範囲は五行要穴
b、脉状診を明確化する *脉状の整理と選択
c、腹診法の統一
d、脉診、腹診、切経等との関連を明確にする (<2>の問題と関連する)

<4>問診情報の整理
 問診情報の整理は急務である。今まで日本伝統鍼灸学会では一部を除き問診情報の整理の試みは出来ていない。

 一つの選択肢として、問診情報を中心として構築されている中医学をそのまま採用する方法が考えられる。

しかし、
ア、二者択一の是非の問題
イ、問診項目が現代日本の患者実態を反映しているかの問題
ウ、日本伝統鍼灸が重視する切診情報との関連がほとんどない
エ、ゴールとしての「病証」が鍼灸中心でない

 等の問題が多々ありそのまま採用することが困難である。

 そこで、日本独自の整理の必要があるが、そのためには以下のことがとりあえず行われなければならない。
a、現代の患者に合わせた問診項目の選択と整理
現代の患者に多い症状と診断での重要性を加味して選択
b、古典における問診情報の項目の整理
c、aとbの整合性を図る
d、脉診などの切診情報との関連づけ

<5>望診・聞診の整理と位置づけ
 望診・聞診は全く手が付けられていないといっても過言ではない。少なくとも両診断法の価値の確認と意義くらいは明確にすべきである。
a、病気の重軽(神気)の鑑別に有用ならば、その診断法と鑑別の明確化
b、臓腑・経絡の診断に有用かどうか

2)病証の整理ーB
 西洋医学的にいえば病名の種類の整理である。そして、鍼灸師サイドから言えば、それぞれの病証にどれだけ有効な治療法が用意されているかを明確にすることである。以下に今までに問題となったものを取り上げる。

<1>経絡病証
a、陰経の虚実→ 実を取るのか→陰経の瀉法は確立されているか。
b、陽経の虚実と陰経の虚実との関連→ 陽経単独の証はあるか
c.複数経にわたる虚実→ 相生・相尅の問題、左右独立の証の問題など
d.主証と客証の問題→ 素因・体質の証と病的時の証との関連等

<2>臓腑病証
a.経絡病証との関連→ 臓腑経絡一体ということで経絡病証に包含してよいのか
b.背部兪穴や募穴の選穴方法は

<3>表裏・寒熱病証
a、診断法
b、経絡病証との関連
c、選穴と治療法(選穴を考えるのか治療法を考えるのか)

<4>気・血・水
a、診断法
b、経絡病証との関連
c、選穴と治療法(選穴を変えるのか治療法を変えるのか)

<5>本治と標治
a、本治と標治の定義
b、二本立て、三本立て治療法
c、証にならない本治法の問題

<6>外因病証
a、診断法
b、経絡病証との関連
c、選穴と治療法(選穴を変えるのか治療法を変えるのか)

<7>灸治の意義・位置づけ
a、診断法(鍼治療との鑑別)
b、経絡病証との関連
c、選穴と治療法(選穴を変えるのか治療法を変えるのか)

 

11、今後の具体的な研究方法の提案

 

 以上のように、日本伝統鍼灸学会が行わなければならない仕事は多岐にわたり、その内容も深く非常に多大な仕事である。

 この仕事を民主的に大多数の同意を得ながら進めていくのは困難を極め、膨大な時間とマンパワーが必要となり、実際には完成不可能といってもよいだろう。

 中国のように中央が決めたことを地方に浸透していくというやり方の方が遥に簡単であり、実行可能性が高い。しかし、民主国家日本ではそのようなやり方は反発を招くだけで実現性はない。

  現実的で実行可能な方法として、本委員会では次の研究方法を提案したい。

<1>日本伝統鍼灸学会の中に10数人程度の委員会を設ける
<2>古典を含め、現代の著名人の著作を10冊程度選び学会誌を共に基本書とする(他の学会誌も参考とする)
<3>委員会の中に分野別に委員会を設け、委員自身の意見ではなく基本書を整理して叩き台を作る。
<4>小委員会から上がった叩き台を委員会で検討して最終案を作る。
<5>最終案を取り合えずの合意として「日本伝統鍼灸学」を発行し学会の教科書とする。
<6>教科書を5年ごとに見直して改訂していく
(同時に用語の統一の検討も並行して行う)